これは善し悪しを問いたいのではないしこれを言うことでだからって何かをどうかしたいとかそういう気持ちはあまりなく、今の自分の心の中のこともなかなかこれと言い表せない状態ではあるのですが、なんせ昨日の夢にうるはさんとるきちゃんが出てきたのです。あんなに毎日考えていた時分は願っても出てきてはくれなかったくせに別の作品に触れていたり別の誰かのことだったりをもし二人ならとクセで考えそうになるのを考えないように考えないようにしていたら出てきたのでした。毛足の長いラグの上で胡坐をかいて私と二人は円(三角か?)になって向かい合い、手をつないで、何か朗らかに話していました(厳密に言えば私は言葉を発していないし手つないでるのに二人にとっては紛れもなく空気的存在でした/よろこばしいですね)。私は目の前で二人が目線を交わしあい、言葉を交わしあい、声をかけて拾いあってつないでいる手を何度かさすったり握り直したりしているのを、ああこれが見たかった本当に夢で見られてよかったと起きたときに思いました。
まあそんなことだったのです。
前回も書いたけど私の中で二次創作って物凄く自慰的でそれを生身の人間で行っているという自分の加害性についても常に頭の隅にあり、それでもやりたいからってコソコソ日陰でやっているようなことだと思っていて(それは腐っていようがいまいが無関係に)。更にそこに芸術性とか自己表現とか加えだすのは自慰も甚だしいことだと思っていて、芸術に昇華するといえば聞こえはいいのかも知れないけど、それってイコール出来事や人物をネタにしてエモ消費しているのではないか?みたいな批判的な気持ちがどうしても消えないのです。ことにこういう出来事なら尚更、自己表現をするのが憚られてしまいます。
だからというかなんというか、ずっと一緒だもんね!!みたいな祈りの気持ちであったり自分への言い聞かせであったりという勢いにまかせて5人の絵を表垢にあげ直したことや絵を描き続けることを、少なからずじわじわと後悔していたのです(なんだかこういう時になってたくさんいいねされるのもまた複雑な気持ちになるというメンヘラぶりでありました)。マシュマロを設置してどこかで「毒マロとかがきて誰か1人にでも批判されればアカウントを消すきっかけになりもするのでは?」みたいな汚い気持ちが無きにしも非ずで(勿論それだけというわけでもないのですけれども)、けれど蓋を開けてみれば「救われました」という言葉や「大好きです」という言葉をもらい、優しさに打ち震えたりなんかして、一つ一つにちゃんと絵を描いて文字を書いて返そうとして今度は返信の遅さに申し訳なくなりもして。

月末は仕事が忙しすぎて更にもう申し訳ないのでマシュマロはすぐに撤去するつもりですが、本当にありがたい気持ちでいっぱいです。
まだやっぱり、まだというか多分ずっとかけないものもあるけど、かけるだけかいていきたいなと思った次第です。
そしたらそんな夢を見た、という話でした。

支離滅裂すぎない?いつもかな?

ARCHIVES